【富高および周辺 年表(江戸期~昭和期)※抜粋】

【富高および周辺 年表(江戸期~昭和期)※抜粋 ※制作途中】

※作成の途上です。ぼちぼちやっていきます。(なお、日向市史に同梱されている「日向市の年表」との関連性はありません。個人で所蔵していたメモをまとめた、本サイト独自の資料となります)



<天正6年>(1578年)

・日向の国に最初にキリスト教が入ってきたのは天正六年(一五七八)である。この宗教をもってきたのは豊後(大分)の大名 大友宗麟であった

****************

<安永9年>(1780年)

・12月18日 美々津で火事があり、三三六戸が焼けた

<安永年間>

・大津浪がおそい、伊勢ケ浜の大御神社、日知屋塩田の安之神社が流失、神社の宝物も流失した。津浪は原町一帯に及び、多くの犠牲者があった

※明治中期、県庁より東臼杵郡管内の神社に関する調査について片岡米山が調査報告した書物に、津浪により流失不明と記録されている。丸屋家に保存されている。

※日知屋 安之神社は永禄元年(1558年)に建てられたという。

****************

<天明一年>(1781年)

・この年 俳人 里時雨、富高新町に生まれる

・天保三年、時雨の作品が内藤露沾の追悼句集「露の下」に掲載される。寺子屋の先生としての教育をなす。文久三年十二月二六日、八三歳で死んだ。

<天明四年>(1784年)

・6月13日 美々津で火事があり 八三戸が焼けた

****************

<明治22年>

・富高消防組 発足 初代組頭 石川大八郎

・県下各郡に二名宛の農業教師を設置され 富高・岩脇村は福岡出身の広川桃太郎があたった

・塩見 黒田金造が東臼杵郡、延岡町外十六町村の連合町村会議員後の郡会議員となる

・7月16日 美々津郵便局で為替取扱い始まる

<明治24年>

・富高本町に富高小学校が新築された。(当初は平屋。昭和期の改築で四棟二階建て)

・7月 内務省雇技師オランダ人デレーケ氏を招き細島港の土砂流入を防ぐため水路を変更 堤防を建設する。工費七万四千九百円

・7月24日 荷車取締規則 制定される

<明治25年>

・6月4日 小学校令の実施について役場が小学校に訓令

・6月〇日 細島港に陸地測量部より験潮場が設置された

・7月〇日 細島 河野通氏が東臼杵郡岡富村外十七ヶ町村連合会議員(後の郡会議員)に選ばれる

<明治26年>

・2月1日 細島郵便局で電信業務始まる

・2月1日 細島郵便局で小包郵便取扱い始まる

・7月1日 美々津郵便局で小包郵便取扱い始まる

・月日不詳 細島港の改修工事 施行される

・細島商船会社の大阪ー細島間 定期便 隔日発航する

<明治32年>

・延岡県立中学校 創立する

※この頃から公立・私立の男女の中等学校が次第に設立されるようになった

※この頃、富高地方で最初に客馬車の営業を財光寺山下の長友伊助氏が始めた

<明治33年>

・富高から坪谷谷平までの県道 開通する

・2月 美々津町石並の会員六十二名は南共益会を組織して毎月一人十銭づつの積をした

<明治34年>

・市場取締規則の施行により細島魚市場許可される

・美々津小学校高松分教場 指定される

<明治35年>

・2月8日 巡査服装心得中「呼子」とあるを「警笛」と改める

・4月  東臼杵郡 郡役所が延岡に設置される

・6月17日 自転車取締規則が制定され七月一日から施行される

・8月  富高新町 石川清氏が代議士に当選する

・9月7日 暴風雨、高潮のため美々津で潰家二、浸水家屋多数あり 人畜には死傷なし

<明治36年>

・美々津第一回防波堤建設に着工(木造三百間)

・第十一回県会議員選挙に富高新町の青木昱一氏が当選する

<明治37年>

・6月9日 警察署に於て乗合自動車営業取締規則 制定される

・7月21日 警察に於て乗合馬車営業取締規則 制定される

******************

<大正13年>

・8月 細島長役場の松葉紋四郎氏は収入役代理者を命ぜられ俸給は五十円であった

******************

<昭和21年>

・細島進駐軍の使用していた細島港浮桟橋が爆発により沈没する

<昭和22年>

・4月1日 文部省 六、三、三制により現富島高等学校運動場に建っていた旧三菱(株)の建物を校舎として富島西中学校ができた。現日知屋小学校にあった旧兵舎を校舎として富島東中学校ができた

日向市・宮崎県の画像倉庫と昔語り(古い写真・昔の写真・懐かしい写真~富高・細島ほか)

日向市(主に富高、細島)をはじめとする宮崎県の古い写真・懐かしい写真を掲載する画像倉庫です。現在は昔語り(テキスト部分)も多めになっています。 画像展示メインの記事は、基本的には当方が撮影・所有するオリジナル写真で構成していきます。しかし歴史語りメインの記事は、一部、書籍・文献からの抜き出しや、戦前の絵葉書の使用もありますことをご了承ください。

0コメント

  • 1000 / 1000